トキワ荘通りお休み処【動画解説】場所&みどころ



トキワ荘通り商店街に行く前に

聖地巡礼の疑似体験!

漫画ファンにとっては聖地ともいえるトキワ荘ですが、トキワ荘通りお休み処を拠点とするとあるプロジェクトが実施されております。

なんと!入館料無料
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そこで本日は

「聖地に巡礼したい」とお考えの漫画ファンのためにその基礎知識と、巡礼の際、スムーズに楽しむための疑似体験動画を掲載いたしました。

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トキワ荘とトキワ荘通り協働プロジェクト


なぜトキワ荘が漫画好きにとって「聖地」なのかといいますと、トキワ荘には、漫画の神様「手塚治虫」先生をはじめ、手塚先生を慕う大勢の漫画家たちが大勢住んでいたからですが、特に重要な点は、一緒に切磋琢磨していた当時の住人たちの中から、次に紹介するような「日本の漫画界をリードする逸材」が多く排出された点です。漫画界をけん引するような巨匠を排出した場所、それが「トキワ荘」だったというわけです。
 


トキワ荘への入居に際しては、メンバーたちにより、次のような基準が設けられていたそうです。

『漫画少年』で寺田が担当していた投稿欄「漫画つうしんぼ」の中で優秀な成績を収めていること。
協調性があること。
最低限、プロのアシスタントが務まったり、穴埋め原稿が描けたりする程度の技量には達していること。
本当に良い漫画を描きたいという強い意志を持っていること。

・・・ゆえに「当時の住人の多くが偶然のちに巨匠になったというわけではない」というわけです!

なるほど!(◎_◎)

トキワ荘に住んでいた漫画家と期間(Wikipediaより)

手塚治虫(1953年初頭 – 1954年10月)
寺田ヒロオ(1953年12月31日[11] – 1957年6月20日)
藤子不二雄(藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ)(1954年10月30日 – 1961年10月)当初は二人で一室を借り、後に藤子・Fが別に一部屋を借りて移っている
鈴木伸一(1955年9月2日 – 1956年6月1日)
森安なおや(1956年2月 – 1956年末[15])
石森章太郎(後に石ノ森章太郎と改名)(1956年5月4日 – 1961年末)ただし退去後もアシスタントの部屋のみトキワ荘に残す
赤塚不二夫(1956年5月4日 – 1961年10月)
よこたとくお(1958年 – 1961年)
水野英子(1958年3月 – 1958年10月)
山内ジョージ(1960年9月 – 1962年3月)
向さすけ(1981年 – 1982年)

では聖地巡礼の疑似体験動画を・・・

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トキワ荘通り協働プロジェクトとは・・・

その「トキワ荘」の記憶を残すとともに、マンガ文化を発信することを目的に発足

活動理念

トキワ荘のあった街である南長崎地域では豊島区との協働の元、トキワ荘の「記憶」を地域文化として後世に繋げるため、様々な取り組みを行なっています。 トキワ荘通り協働プロジェクトは、南長崎地域の町会や商店会が中心となって進めるトキワ荘の地域活性プロジェクトです。
~トキワ荘通り協働プロジェクト公式ホームページより~

トキワ荘通り協働プロジェクト協議会について

トキワ荘通り協働プロジェクト協議会は、南長崎地域の町会や商店会が豊島区と協働で進める、地域活性プロジェクトです。同地域が「トキワ荘のあった街」であることに意義を持ち、トキワ荘を地域文化として後世につなげるために発足した会ですメンバーは南長崎ニコニコ商店街、目白通り二又商店会、南長崎の7町会、二つの区民ひろば(椎名町、富士見台)と小学校(椎名町、富士見台)のPTA等に加え、地域外からもボランティアスタッフを募って活動しています。
~トキワ荘通り協働プロジェクト公式ホームページより~

 

豊島区トキワ荘通りお休み処について

◆営業日時
・開館時間:10:00-18:00(最終入館は17:30)
・定休日:月曜日(月曜日が祝日の場合は、営業をして、火曜日が休みになります)
※2014年11月3日(月)は、文化の日なので営業、翌4日(火)は、お休み
※2014年11月24日(月)は、勤労感謝の日の振替で営業、翌25日(火)お休み

◆入館料
無料
住所:京都豊島区南長崎2-3-2
TEL: 03-6674-2518

地図

トキワ荘通りお休み処詳細

トキワ荘の模型
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聖地を噛みしめるために、関連情報を知っておこう!

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